【欅坂46】長濱ねるさん卒業 #長濱ねる #欅坂46 #けやき坂46
ありがとうをめいっぱい伝える日
おはよっぴー!
欅坂46の長濱ねるさんが昨日のオールナイトニッポンへの出演を最後に、活動を終了しました。
昨日は同時に「ありがとうをめいっぱい伝える日」という長濱ねるさんの卒業イベントが行われていました。
タイトルからは長濱ねるさんのこれまで応援してくれたファンの肩への感謝の思いが伝わりますね。
長濱ねるさんは欅坂46の中心メンバー的存在で、卒業を悲しむ声があとを絶ちません。
ファンの方や今までお世話になった方に最後の感謝の思いを「めいっぱい」伝えたいという素敵なイベントですね。
幕張メッセで行われたこのイベントでは誰でも入場できるスペースが作られたり、オフィシャルグッズやオフィシャルフードが販売されたりするなど、イベント感覚での卒業イベントです。
来てくれた人に楽しんでもらいたいという思いも込められているのかもしれませんね。
長濱ねるさんのイベント当日のメッセージ動画なども公開されています。↓
卒業後の進路はまだ未定ということですが今後も自分の納得のいく進路を見つけて欲しいですね。
たった1人で始まったひらがなけやき
2015年、長濱ねるさんは長崎県から欅坂46の一期生オーディションを受けていました。
そのオーディションでは抜群に高い評価を受け、最終審査まで残りました。
しかし、娘を心配する母親の反対で、最終オーディションを受けることなく、故郷の長崎県に連れ戻されてしまいます。
欅坂46の活動拠点は東京、それにアイドルという職業は人に元気を与えることができる反面、メディアに露出する機会が増え、傷つくようなことも増える職業です。
アイドルにならなければ傷つく必要のなかった経験をたくさんすることにもなります。
そんなアイドルという職業を長崎県から1人で上京して活動するんですから親が心配するのはしょうがないですよね。
そんな家族にも愛されている長濱ねるさんですが、最終審査を受けることができなくて、泣きわめいたそうです。
長濱ねるさんのお母さんへのインタビューでもこんなことは今までなかったということを語っていました。
そんな長濱さんを見かねた父親が運営スタッフに連絡を取り、相談しました。
そして運営スタッフは乃木坂46のコンサートに両親と本人を招待しました。
そこではどこの家庭も悩みながら娘を送り出していたことがわかり、さらに、ステージで輝く乃木坂46のメンバーの姿を見て、両親の思いも変化しました。
そして、娘を後押しするという気持ちになり、「娘にも一度チャンスを与えてほしい」ということで申し出ました。
三次審査までの評価が非常に高かったことも考慮して、特例での欅坂46の加入が決まりました。
しかし、最終オーディションを受けていない長濱ねるさんは欅坂46のアンダーグループの「ひらがなけやき(後の日向坂46)」として活動することになりました。
しかし、当時ひらがなけやきは長濱さんたった1人でした。
握手会などのイベントには参加するものの、欅坂46の代表曲である「サイレントマジョリティー」にはただ1人選抜には入ることができず、苦しい思いもしたと思います。
また、最終審査を受けずに合格した長濱ねるさんの加入を受け入れられないメンバーももちろんいました。
しかし、握手会を欠席するメンバーがいると、そのポジションに急遽代わりに入って握手会前に行われるミニライブに参加するなど、陰ながら努力を続ける長濱ねるさんはメンバーにも日に日に認められ、ファンからの人気も多く獲得していました。
ひらがなけやきでの活動を続け、欅坂46の2ndシングル「世界には愛しかない」では初の選抜入りを果たし、けやき坂46と欅坂46の兼任が決まりました。
努力を続ける長濱さんの姿を見てきた欅坂46のメンバーは長濱さんの選抜入りに涙を流して喜びました。
2017年にはけやき坂46の成長とともに、長濱さんの活動量が莫大になったため、兼任を解除され、欅坂46専任になりました。
今人気を集めている日向坂46は実は長濱ねるさんのけやき坂46から始まったものだったんです。
欅坂46にとって貴重な存在
長濱ねるさんはくりぃむクイズ ミラクル9に数多く出演したり、長崎県の観光大使任命、写真集の発売など、グループの中心メンバーとして多くのメディアで活躍していました。
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その人気はグループトップクラスです。
知性的で、おっとりしている、決して自分から目立とうとしない大人しい性格は見ているファンを癒していました。
また、都会出身のメンバーが多い中、長崎県出身の彼女のおっとりした雰囲気は非常に貴重なものだったと思います。
人気メンバーとして、ユニットやソロでの楽曲も多く、活躍はめざましいものでした。
そんな彼女なので、卒業を惜しむファンが非常に多いです。
新しい未来へ
初めて親に逆らって受けたアイドルという職業。
その覚悟は相当なものだったと思います。
アイドルとして活動したこの約4年間はどういうものだったのか、それは本人しかわからないかもしれません。
ですが、欅坂46・けやき坂46(ひらがなけやき・現 日向坂46)として、長崎県から決意を胸に上京して活動してきたこの時間は貴重なものだったのではないでしょうか。
進路は未定ということですが、自分のやりたいことを実行し、さらに活動を通して多くの経験をした長濱さんはこれからの人生も前を向いて進んでいけるんじゃないかと思います。
何かやりたいことを見つけたら、とにかくやってみるのがいいと私は思います。
自分が成長する場所はいつもと同じ落ち着いた場所ではなく、変化がある新しい場所にこそ大きな成長があると私は思います。
ばいばいぴー!
令和元年7月31日